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尾頭古道へ 栃木の古道(塩原・藤原道) |
@旧会津街道 (明治26年建設) |
A古道三依道・NEW (1660年頃・江戸時代) |
B尾頭古道・準備中 (鎌倉、江戸時代) |
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星降る地蔵山 2月 (標高1200m前後の尾根に沿って古道が走っている)
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秋の地蔵山山稜
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尾頭とは
尾頭古道とはなんとも奇妙な名前である。元をただせばこの地域を縦横無尽に交差する古道には、名
前などなく、かつ、きちんと整理されていたものではないので、便宜上、私がかってに呼称した名称であ
ることをお断りしたい。この縦横無尽に走る古道は平安晩期(800年頃)から明治にいたるまでの1200年
間に渡り使用されていた道のようである。途中紆余曲折はあったもののこれら古道は山深い湯の里に
あり、現在までその命脈を保ってきたもののようである。本来、栃木県塩原町と藤原町の町(現在は双方
とも那須塩原市に合併)境に位置する峠、尾頭峠から私がこの地域の古道の総称として使用することに
したものである。
この峠名の由来が東北の頭、関東の尻尾にあたることがこの尾頭という名前の起源となったと言われて
いる。

尾頭峠の三文字は平安晩期、あるいは鎌倉時代頃より古文書の中の記述に顕著に見られるようで、
これらの時代近隣諸国の支配者達のせめぎあいにより、国境の尾頭峠は要所であったようだ。しか
も時代の変化により、峠の位置は何度と無く変遷し今日に至っており、近年の尾頭峠は今尾頭道と
呼ばれ、明治時代に作られた新道にあったが、太平洋戦争後は廃道同然となり、塩原町から藤原町
間の20kmあまりを、日塩道路経由で遠回りしなければならなかったが、現在は2kmにも及ぶ立派な
尾頭トンネルが、尾頭山の山腹を貫き、国道400号となり、福島への最短距離となって、観光客の足
を誘っているこの頃である。
ある日のこと、足繁くこのあたりの渓に通う私が、仕事の手を休めた地元の古老との話から、今も残る
空にも続くと称する、1000年もの時を越える古道が、この山中に残っていると聞き、毛細血管のように
のびていたであろう、獣道、原初の姿に戻りつつある古道を求めて、この山域に残っているであろう古
道を求めて四季を通じて歩いてみたいと考えはじめました。
合わせて、興隆を極め元湯千軒といわれた塩原元湯出身の名妓、塩原高尾太夫(1641年〜1659年)
のわずか19年の生涯の足跡も尋ねたいと思っています。
そんな思いを抱きながら、凍てつく夕暮れ、雪の地蔵山から高原山を望みながら、、1659年に起きた
地震で壊滅したといわれる元湯千軒跡を望みながら元湯道を駆け下りると深山幽谷の底に浮かぶ遊
郭提灯の灯と、しじまに響く、艶やかな遊女の声の幻影に誘なわれ、古道彷徨のドアを叩いたのでした。
2002年 7月
田辺周一
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